砂原庸介「新築がお好きですか?」ミネルヴァ書房

持ち家か賃貸か論争、インデックス界隈でも時折話題になります。
持ち家派の人で、住宅借入金等特別控除を知らない人はいないでしょう。
では賃貸住宅の人に公的な家賃補助ってありますか。実は誰でも使えるようなものはないのですね。生活保護費、入居に所得制限のある公共住宅、社宅こと給与住宅はありますが、ごく一部の人しか使えません。
議論をする前に、持ち家優遇策に傾いている。両方をフラットに比べられない。
では、なぜこのような制度ができたのでしょうか。
この本では、歴史的経緯を踏まえてその解説から始めてくれます。
大雑把に言うと、仕事があるから東京にどんどん人が集まる。住むところが足りない。家賃がどんどん上がる。物価統制令を出す。強制力がない。住民の7,8割が店子で劣悪な住居環境のため争議が頻発。政府は家賃高騰は物価にも影響すると国家総動員令に基づいて家賃を凍結。家主は対抗上賃貸契約終了時に更新せず店子を追い出し、新規契約で実質値上げを狙う。それだけでは追いつかないので礼金制度も生まれたと言われています。
裁判所の調停も追いつかず、借地借家法の改正が行われ、正当事由がないかぎり賃貸契約の更新が拒めなくなる。ここに賃借人に強力な権利が発生しました。
第二次世界大戦後もこの状態が放置され継続されました。それでどうなったか。
一旦契約したら値上げも難しいし、滞納してもおいそれと追い出せない。そうすると賃借人の属性、家賃をきちんと払ってくれるか、きれいに使ってくれるかという属性を知るのが困難。つまり賃貸住宅の取引費用が高くなる。ゆえに、家族向きの70㎡を超えるような広い賃貸住宅を作るのは経営的に危ない。払ってもらえない時汚された時のダメージが大きいから。それでワンルームマンションばかりになり、外国人の給与住宅として一定の需要が見込める東京都港区以外で広い賃貸住宅はほとんど見られないという現象が生じました。東京でも全国でも70㎡を超える賃貸住宅は8%程度に過ぎないようです。
そこで、広い家を必要とする人は購入しか手段がなくなった。そこへ低利の住宅ローン。という図式が始まるわけです。
このほか、都市計画による市街化調整区域のあいまい画定で、無秩序に郊外に向けて一戸建てが水平スプロールしていったこと、はじめは中産階級向けに賃貸コンクリート住宅を提供していた住宅公団がやがて地価高騰によりニュータウン建設へシフトしていったこと、地方公共団体が提供する公共住宅が低所得者向けへ変容していったこと、都心の容積率改定という錬金術で、今度は垂直方向へスプロールしてタワーマンションが登場したことなど、住宅供給をめぐる現実と政治の折り合いが解説されていきます。
私は特に取引費用という概念に注目します。例えば中古住宅。外国のように第三者によるインスペクションによる住宅の格付けがなされないため、欠陥住宅をつかまされるリスクから、リフォームなどもまったく考慮されず中古住宅の値段が二束三文になってしまうこと、それが中古住宅の流通を阻害し、国民資産の増加になっていないことは残念ですね。また固定資産税の住宅用敷地の特例6分の1により、くずれそうな家をほっておくというマクロ的無駄が生じていること、これは地方で特に深刻です。
災害による復興住宅などの現状分析にも触れて、どうやったら負の動産を減らせるか、生み出さないようにするか、提言により締めくくられています。
住宅の建築から検査まで、資産を適切に評価し、欠陥住宅を排除するようなしくみをつくれば、リバースモーゲージという、持ち家を担保として生活費を借り、死んだら資金提供者に所有権を渡すようなしくみが実際に働くようになると思うし、新築だけが価値あるもので、空き家がどんどん増えているのに新築建設が止まないという日本の病理に歯止めをかけるべく知恵を絞っている筆者に私もひっそりとエールを送ります。